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2011年11月 5日 (土)

富嶽飛ぶ!

地元でRCページェントが開かれました。

今年の目玉は・・・富嶽の旅客型。中島飛行機で爆撃機富嶽の派生型としてスケッチが残っていたそうです。

地元有志の青年の気持ちを持った夢ある企業OBや社長さんが作った全幅4.1m、エンジン6発の巨大RC機。

Fugakuengstrt

エンジンスタート。6発エンジンのハミングは最高!

Fugakubnk

悠々たる飛行姿・・・。美しい飛行機だ・・・。

Fugakuldg2

10分の飛行後、着陸。素晴らしい重量感です。

Fugakuldg1

無事着陸。「NAKAJIMA AIRLINE」・・・あの時、歴史がちょっと違っていたら・・・夢が広がります。

Fugakunakajima

中島飛行機の社章。「中」という字を三機の飛行機が囲んでいます。

富嶽は実際には飛びませんでしたが、この前の連山という四発爆撃機開発には祖父が関わっていました。

地域の連綿とつながる歴史、大切にしなければと思いました。

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コメント

ホッペのマークが良いですね(笑)。

富嶽は終戦間際に計画されていた機体ですね。

当時の開発ペースはすごかったですね。でも戦局の変化のため割と早い時期に中止が決まったようで。

日本の大型機は双発の銀河や一式陸攻が最大でその辺に国力の差があるように思えていましたが、4発通り越して6発とはすごすぎます。

戦後に航空産業が継続していたら中島飛行機もいろいろ作ったのでしょうね。やるべきことはわかっていたので米国と技術提携して一気に解決したりして、妄想がひろがります。

想像しているんですが中島知久平氏が求めているのは爆撃機としての富嶽ではなく、旅客機としての富嶽であったのではと思います。
終戦間際の開発で部品の精度などままならない中、軍用機としてではなく、戦後来るであろう大型機時代を見越してのスタディではなかったかと・・・。富嶽をウィキで見ると羽田空港拡張工事で富嶽用実験エンジンが出土!?したと記事がありました。いろいろな想いが募った機体ですね。

HIROさん

地元の事となるとなんとなく応援したくなってしまいます(笑)

関係者の方々、本当にパワフルで見習うこと多いです。

福太郎さん

戦後、継続していたら・・・私も飛行機関係だったかも。
祖父が高度6000メートルで600キロ出たモノ作ってたのになぁ、孫が地上でせいぜい250キロのモノ作ってるのはちょっと悔しい。

音速の10倍のやつの部品、作りたいです。

三太郎さん

頭の中にはあったのかもしれません。
フォン・ブラウンがV2作りながら月ロケットを夢見て後に実現したように。

福太郎さんのコメントにもありましたように、あの時代に航空機開発が継続していれば、いまどうなっていたか思いめぐります。

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